抜き打ちテスト
先日の心配蘇生体験から数週間、それはなんの前触れもなくやってくる。
図書館からの帰り道、自転車を走らせていたときだった。
裏道にある踏み切りにさしかかると、車が2台と70代くらいの老人男性が踏み切り待ちをしていた。
ブレーキをかけ自転車をとめると、老人が私に近づいてきた。
「この辺に交番はありませんか?」
(どうしてだろう…)
「ここからだとちょっと離れてますね」
老人は指差した。
「この車に乗ってる運転手が意識がないみたいでね」
2台踏み切り待ちをしているうちの先頭のワゴン車をのぞきこむと、運転手は大きな口をあけ、背もたれの上に首をのせのけぞっている。
私は車のガラスをノックした。反応はない。
ここは開かずの踏切ではないし、踏み切り待ちは長くても2~3分だ。その間にここまで熟睡するとは思えない。あきらかにおかしい。
「さっきからこの調子だからね、救急車呼ばないといけないかもな」
つぶやく老人を横に私は思った。
(え!つ、ついに来てしまった、このときが!早いよ、私にはまだ早い、どうする?しかもこんな道端でAEDないし)
後ろからは史跡めぐりの老人団体が歩いてくる。さっきの老人はその団体に助けを求める。意識のない男性は車に乗っているので手がだせない。
様子がおかしいのに気が付いて、後ろの車の運転手も車から出てきた。
私は即座に後方にある理髪店へ走った。明けはなたれた扉のなかで店主は年配男性のひげを剃っていた。
「すみません、救急車お願いします。車の運転手が意識がないみたいなんです」
客の髭剃りで手が離せない店主は、電話の子機だけ私に手渡すと「いいよ、使って」と言うなり慣れた手つきでまた髭をそりはじめる。
子機を片手に一瞬何番にかければいいかわからなくなる。
(ほんとうだ、気が動転するとこうなるんだ、えっと110番じゃないぞ、119番だ)
「火事ですか、救急ですか」
「救急です」
「はい、どうされましたか」
「車の運転手が意識がないみたいなんです」
「場所はどこですか」
「○○公園のそばの踏み切りです。住所は…えっと…」
「○○町○○番地の踏み切りっ」
理髪店の店主が助け舟をだす。
その通り繰り返し、電話口で伝えたときだった。
ブォーッ
意識不明男性を乗せた車が走り去った。
受話器をもったまま、なにが起こったのかわからなかった。
「あ、すみません…なんか、大丈夫みたいです…」
「大丈夫なのですね、はい、それでは救急車、そちらに向かいません」
理髪店の店主にお礼を言い、現場にもどる。
「鍵がかかってないところがあったから、そこから運転手の肩をゆすったら気が付いてね、走りさっちゃったよ」
みんな茫然自失した。
第一発見者の老人はバツが悪そうに歩き出し、史跡めぐりの老人団体も本来の目的にもどる。
バツが悪そうな老人の背にむけて「これでいいんですよ、あなたは正しい」と心で思う。
これに懲りて見てみぬフリをしてはいけない。
…って、ああびっくりした、どんなパターンでそのときがやってくるのか本当にわからない。
今回は事なきを得てよかったものの、“何もない道端で、車の運転手”という応用編。
だってだって私が体験訓練したのは駅や施設でたおれた人を想定してのことだし。
横たわる人形相手のシナリオ通りにはいかないってことなのだ。
こういう形で抜き打ちテストがあると身が引き締まる思いです…
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